「あっちぃ」
ぱたり。
汗が顎を伝って地面に染みをつくった。
未だ六月半ばだというのに暑さは真夏並みだった。
燦々と照る太陽は容赦なく何処までも着いてくるし、歩けば歩くほど汗は噴き出す。
当たり前のことなのだがこうも暑いと、思考能力も劣り、苛々してくる。
目の前がゆらゆらと揺れて、一瞬眩暈かとも思われたが、違った。
陽炎だ。
遠くまで続くアスファルトの一本道は小さく揺れ続けて、まるで踊っているかのよう。
この調子だと今年の夏は去年より暑くなるな。と溜め息を付くと再び足を踏み出す。
はずだった。
目先に薄ぼんやりとだが、真っ白な人物を目にするまでは。
「・・・かおる?」
真っ白な日傘。真っ白なワンピースを身に纏ったその人物は遠目でも恋人の姿だと解った。
何故、女装しているのかは些か疑問ではあるが、電波な性格の彼の事、自分には理解できないだろうと亮は深く考えるのを止めた。
「なにやってんの?」
それでも、少し呆れ気味で声を張り上げる亮に、薫はふい。と踵を返した。
無視をされた事に腹を立てるより、驚いた亮は慌てて、薫を追った。
「待てって」
一度も振り返らない薫に焦れて、亮は手を伸ばした。
「・・・え?」
伸ばされた指の先には、ただ乾いた風が吹き抜けるだけで、薫の姿は何処にも無かった。
ヴヴヴヴヴ。
急に震えだした、携帯電話を取り出すと着信はそこいたはずの薫からだった。
『亮、今・・・何処?今日外が大分暑いみたいだから、心配してたんだ・・・・・・僕、迎えに行こうか?』
「え・・・薫今何処にいんの?」
『何処って・・・自分の部屋に居るよ・・・?亮が来るんだもん、何処へも行かないよ』
頭が真っ白になった。
この薫は本物。
じゃあ、さっきの薫は?
「・・・わかんね・・・・・・」
『どうしたの?』
「や、何でも。もう直ぐに着くから来なくていい」
通話を終え振り返ると、亮のやって来た道路にも陽炎が立っていた。
相変わらずゆらゆらと揺れるそれの向こう側には何も無かった。
「陽炎と蜃気楼って一緒に出るもんなのか・・・?」
会いたいという気持ちが、蜃気楼となって現れたのだろうか。
狐に抓まれたような感じだった。
ふう。と一つ溜め息を付き、汗を拭うと再び亮は歩き出した。
恋人の居る、涼しいオアシスへと。
「てか、何で女装してたんだ?」
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