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それはある晴れた日の昼下がりの事。
ふらりと外へ出た薫は、ただ一人当ても無く街並みを歩いた。

華やいだ街並みは皆色褪せていて、薫の表情もどこか物憂げだった。

「これきれい~!」

はしゃいだ声が空に響いて、そちらを見れば、小さな花屋の前に幼い少女が立っていた。
片隅に置かれていた小さな鉢植えに小さく咲いていたのは。

「勿忘草・・・・・・」


『これ、綺麗だな』

ふっといつかの亮が蘇る。
小さな花屋で名も知らない花に笑いかけていた亮。
あの少女のように、大輪の花よりも片隅に咲いた小さな花を見ていた。

「ねぇ、ママ。これなんていうおはななの?」

『薫、これなんて花か知ってる?』

少女の声に亮の声が重なる。

「ミオソチス・スコルピオイデス。勿忘草だよ・・・・・・」

振り向いた少女は小さくわすれなぐさと呟き、微笑んだ。

「おにいちゃん、おはなすきなの?」

『詳しいんだな。本当に花、好きなんだ?』

「うん・・・・・・好きだよ」

つう。と涙が一筋薫の頬を伝った。







「亮、あのね、今日小さな花屋へ行ったんだ・・・・・・小さな女の子が花を見てたんだ」

手の中に収まった鉢植えをそっと置くと、緩く風が通り過ぎて、可憐な花弁を揺らした。

「覚えてる?キミが初めてボクを外へ連れ出してくれた日のこと。近所の小さな花屋へ行ってくれたよね・・・・・・キミは誰も見つけないような小さな鉢植えに気付いて、笑ってた」

亮の周りの空気は澄んでいて、薫の褪せた世界も鮮やかに塗り替えられていく。
セピア色に染まっていた花弁も、今は蒼い。

「きっとボクはその鉢植えのように、この世界では小さな存在でしかないんだ。でも、キミが見つけてくれたから、ボクは今こうして立っていられる。全てはキミがいたからなんだよ・・・・・・亮」

薫の目の前の小さな十字架は日の光を浴びて輝いていた。
真っ白なそれに刻まれた亮の名前。

「きっとキミは、この先もボクに生きていてって言うんだよね・・・・・・でもね、ボクはキミのいない世界なんていらない。キミの傍だから生きていられたんだ」

座り込み、十字架に身を凭れ掛けさせると、薫は静かに目を閉じた。

「ねぇ、亮・・・・・・会いたいよ」

一陣の風が強く吹き込み勿忘草の花弁を散らした。
浚われるように花弁は空へと舞い踊る。
空色に蒼が溶けて消えてゆく。

「・・・・・・うん、そうだね。ボクも、同じ気持ちだよ」

そのまま再び目を閉じると、亮の姿が浮かび上がる。
困ったように笑いながら、でも、手を差し伸べていて、迷うことなく薫はその手を取った。

「ねぇ、亮・・・・・・愛してるよ」

風も、日差しも、何もかもが緩やかに流れて逝く。
溶けるような眠りの中、最後に呟いた言葉はそれだった。

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