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「うう・・・ん・・・」
「やっと気付いたのか」

どんだけショックだったのか、クーンは数時間ものあいだ微動だにしなかった。
がばりと起き上がったクーンの表情はこころなしか青褪めている。

「・・・ハセヲ、俺は悲しいよ。お前がやっっっとそっちに興味を持ったと思ったら・・・」
「んだよ」

「お前!!俺を犯す気なんだな!」
「・・・は?」

急に訳の分からない事を叫びだした。

「俺は・・・!俺はなぁ!!お前と合コンする日を楽しみにしてたんだぞ!!」

目に涙まで浮かべて。

「クーン・・・聞け」
「お前だったら、女の子の食いつきが全然違うんだぞ!!それを・・・それを・・・」
「クーン、聞けよ」
「男に走る前になんで相談してくれなかったんだ、ハセヲォォォ」

ドゴォォン!!

ぱらぱらと音を立てながらクーンの真横の壁が粉々にひび割れた。
グラフィックだというのにそれは肌理細やかに壊れている。
俺の拳にも壁の粉が付着していた。

「聞け」
「ハ・・・ハイ」

すっかり萎縮してしまったクーンはその場に正座までする始末で俺はまたも溜め息をついた。
前言撤回。
こんな大人には絶対ならない。なるもんか。


「安心しろ。俺はお前に一切興味ないから」
「それはそれで悲しいな・・・」
「ダマレ」
これ以上余計な事を口走られて脱線するのは時間の無駄だ。
双銃をクーンの額に押し当てると、ぴたりと口と動きが止まった。

「俺が聞きたいのは、男同士でできるのかどうかだ」
「男同士で、ねぇ・・・」

しばし考え込むクーンを見て、こいつは絶対に知らないという事が直感で解ってしまった。

「・・・もういい」
「!いや、待て!!確か・・・思い出した!!」

急に晴れやかな顔になったクーンが声を張り上げる。

「結構前に合コンで聞いたことあるの思い出したんだ」
「合コンで・・・?」
「その時の女の子達がどうもそういうのが好きなコばっかりだったんだよ。いや~あの時は大変だったなぁ」

「で・・・どうなんだよ」
「いや、それがな・・・・・・身の毛もよだつ話だぜ~」






@HOMEを出ると、急に眩暈がした。
それはクーンに相談した事への疲労ではなく、明らかに事実を聞かされたショックからくるものだった。

「俺には、無理かも・・・」

クーンから教えられたのは、とんでもない内容だった。



『ホラ、男と女は体の造りが違うだろ。だから、どっちかがあの部分を切って女役になるらしいぞ』



想像以上にリスクを伴わなければいけない。行為だと知らされ、ショックを隠しきれなかった。
あそこを切るだなんて、俺にはそこまでの勇気はない。
かといって薫にそんな事をさせるわけにもいかない。

「世の中って・・・厳しいんだな・・・・・・」

そう力なく呟いたすぐ後、背後から名前を呼ばれた。
やたらドスの効いた声で、呼び捨てにされる。
いつもなら流しているところだが、今は機嫌が悪い。

「あぁ?!」

そう睨みを効かせて、俺は振り向いた。

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「よ!ハセヲ」
カオスゲートに転送するなり、メールの相手が声をかけてきた。
「クーン」
相手、クーンは片手を上げて笑む。
「どした、お前が相談なんて珍しいな」
「うん、ちょっとな」



「で、話って?」
カナードの@HOME。
今は皆出払っているのか、ログインしていないのか俺達以外は誰いなかった。
ソファに座るなり、クーンが本題を持ち出してきた。
こういう時、こいつは頼りになる。
絶対茶化したりしないから。
これが大人っていうものなのか(一部例外はあるが)。

「あのさ・・・クーンって、したことある?」
「何を」
「いや、だから・・・・・・」
思わず口篭ってしまう。
いくら仲の良いクーンでも、そんなプライベート(というか寧ろプライバシーに近い)な事を聞くのは躊躇いがある。
その俺の反応にピンときたのか、急にクーンがにやにや笑い出した。
・・・嫌な予感がする。
「おおっ!そうか~。ハセヲもついにその気になったか!!」
「え?」
「うんうん!で、相手はいるのか?ん?」
「あ・・・いや、そうじゃくて、」
「ああ!アトリちゃんか!違う?じゃあ志乃ちゃん?それともタビーちゃん?まさかパイ?!」
急にいきいきとしたクーンは俺の話など全く聞かず一人で盛り上がっている。
「違うし、人の話は最後まで聞・・・」
「あ・・・!もしかして、相手いないとか。そうか!!だから相談してきたんだな。そういうことならまかせとけ!!美人から可愛い系まで好きなタイプを紹介してやるぞ!」

「違うって言ってるだろ!!」
思わず立ち上がって叫んだ俺にびっくりしたのか、クーンは体を仰け反らせていた。

・・・選択肢を間違ったのかもしれない。

勢いよくソファに座り込むと、我に返ったのかクーンも姿勢を正した。
「・・・お前、あっちの経験あるのかって聞いてんだけど」
「セックスだろ?この歳で未経験はちょっと痛いだろ」
「あるのか」
「あるよ」

「じゃあさ・・・」


ここで暫しの間があいた。
そもそもこいつに聞いてよかったのだろうか。
無類の女好きが男同士の事を知ってるとは思えない。
でも、悲しいかな相談できるのはこの男だけだ。


「男同士で、ヤッたこと、ある?」


そう訊ねた直後だった。
ドターンと激しい音をたてながら、クーンがソファから滑り落ちた。

「おい、クーン!!大丈夫か?!」

そう声を掛けるものの、当の本人は唖然とした表情のまま動きが止まっていた。
やっぱり、選択肢は間違っていたんだ。
呆けたクーンを見下ろしながら、俺は深く溜め息をついた。
「う~ん」
俺は悩んでいた。

薫と付き合って三ヶ月。
手も繋いだ。
キスも経験済み。


でも、その先ってあるんだろうか。
女との方法は、保健の授業で習って知ってる。
試した事はないけど。

でも俺も薫も男で。
構造上、女のように体が出来てるわけじゃないから、どうやってもその先へは進めない。
そもそもそういった行為は種子保存や子孫繁栄の為であって同性同士では行ったって何の意味もない。

けど、この燻った感情を、欲求を持て余しているのは確かで。
だから先があるのなら、知りたい。薫の熱を感じたい。



「でも、やり方が解んねぇんだよな」
調べようにも、何をどう調べるのかすら解らない。
かといって誰かに聞くのも嫌だ。
唯一、話せるのは・・・・・・・。


携帯を開いて、その人物にメールを打つ。
幸いにも返事はすぐ返ってきた。
現在ログインしているらしく、カオスゲートで待つ。と書かれていた。
携帯を閉じて、M2Dを手にPCの電源を入れると、俺はすぐさま起動された『世界』に飛び込んだ。

夕暮れ時。

ビルとビルの隙間から夕陽が沈んでいく。

ゆっくり、ゆっくりと。


行き交う人々とすれ違う。

見知った顔は誰一人としてない。

こつこつと足音だけがこだまして、その存在を知らしてくれる。


ざわめく街に夕陽が落ちる。

全てが朱に染まり、それは、幾許かの寂しさを覚える。


会えるはずもない、恋人を思い出し、軽く溜め息をついた。

早く、ログインしよう。

知らず知らずのうちに、足早になっていく。

早く、会いたい。



ふわり。


「あ」

覚えのある香りに、立ち止まる。

大好きな人の匂い。


振り向く。


視線の先には、恋しいあの人。

立ち止まったまま、恋人はゆっくりと振り向く。


夕陽に照らされた綺麗な顔立ちに、俺は迷うことなく駆け寄った。


「あ。もうこんな時間か」

「…………」

「んな顔するなって……明日も会えるだろ」

違うよ。

明日も会えるんじゃなくて、明日まで会えないんだよ……。

 

キミのいないリアルはつまらない。


キミがいるから、ボクはこの世界に存在していられるのに……。

 


「じゃな」

 

そんな想いはやっぱり伝わらなくて、キミはリアルへと、現実のキミへと帰って行く。

 

 


「ハセヲ……」

 


いつの間にか溢れた涙が零れそうになった時。

 

携帯がメール着信を知らせた。

 

 

送ってくる相手は一人しかいない。

 

 

 

 

 

 


『おやすみ、薫』

 

たったの6文字だけど、それだけで十分。


それは、この世界にキミが存在している証。


キミがいるから、ボクもリアルで生きてゆける。

 

「おやすみ……亮」


そっと、携帯に唇を寄せて囁く。

また、明日。と。



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